月夜見

   “月夜のお散歩” 〜秋がくる前に おまけ

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

今年の夏は、本当に何か変だった。
昨日より暑い日の連続で、
そんなしてどんどん際限無く暑くなってって、
しまいには、吸い込む息が熱いまま胸まで入るの
判るくらいまで暑くなって。
おいらは根っから元気だから、まま何とか頑張れたけど。
働き者で元気だった筈な
爺ちゃん婆ちゃんにも結構堪えたみたいだし。
日陰で休んでいても目眩いがして倒れる人が一杯出て、
お医者のチョッパーが、涼しいところを探すだけじゃダメとか、
水と一緒に塩も舐めなきゃダメとか言ってて。
それを聞いた爺ちゃんが、

『これって疫神様のたたりなんかい?
 塩で祓わにゃ治らんのかい?』

なんて言い出して、
療養所に集まってた皆してビックリしたりして。




   ◇◇◇



夜空に浮かぶは蒼い月。
とほんと濃藍の中へ浮かぶ様は、
輪郭からはみ出した乳色の光が何とも眩しくて。
暗いはずの空へ浮かぶ雲の輪郭がうっすら見えるほど。
そんなお月様の明るみのお陰様、
さして人家もなし、
あってもとっくに寝入っている刻限だから、
暗いばかりのはずな真夜中の夜道も、
少しは見やすくて、人心地がつけるというもの。

 “…あ〜あ、寝なきゃいけねぇのになぁ。”

そんな大路をとぽとぽと出歩く人影が一つ。
くどいようだが、
これが日乃本の徳川の時代の江戸の町の場合だと、
夜中の徘徊は原則禁止とされており、
夕涼みだ花火見物だ川遊びだといった風流なあれこれも、
はい、この時分までと決まっていて、
今のような徹夜だオールだなんて、とんでもない話。
金満家が料亭のお座敷や自前の別邸へ人を集めて宴を張るとか、
いっそ花街の妓楼で贔屓の太夫と供寝をするか。
どっちにしたって懐ろが相当に暖かでないと無理なお話。
時代劇にて扱われている、ホントはご法度の賭場の多くは、
金策に困っている旗本や大名屋敷か、
寺社奉行扱いの生臭い寺でこそこそとご開帳されている代物なので。
そっちもやはり懐ろ具合と、それから度胸とも要相談な場所であり。

  だというに、真夜中ふらふらで歩いていると

押し込みか足抜けか、
よもや幕府転覆を企む不届きな相談かなんて、
冗談抜きに疑われもしたそうな。

 “そんな難しいことはよく判らねぇけどよ。”

そうでした。
こちらさんは、そういった手合いじゃあ勿論なくて、
ただ単に寝苦しいからと長屋を出て来ただけのおにいさん。
しかもしかも、このご城下では知らぬ人のない、
麦ワラの親分さんという十手もちの岡っ引きだったので。
たとい夜回りが見かけても
何だお前か、夜更かししてんじゃねぇと言われるどまりだろうし、
夜鳴きそばのおじさんならご苦労さんですと頭を下げられるところ。
というか、
こんな夜中に起きてらっさるというのが、
彼をよく知る人にはまずは意外なことであり。

 ああそうか、こんだけ暑いんだもんねぇ、との

そんな理解を同情と共に寄せてもらえるところかも知れぬ。

 “あ〜あ。”

昼のうちの見回りを嫌がってのこと、
『そう言やお前、晩は眠くてかなわんて言ってただろう?』なんて、
今になってそんな調子のいいこと言う連中が
夜回りを代わってやると親分のところへ殺到していて。

 “いや別に、それは構わねぇんだけどもな。”

だって刻限の長さで交替だから、
今時の夜回りは蚊に食われる時間帯とモロかぶりだ。
代わってやると上から言って来た何人かは、
早速にもあちこち たんと刺されるわ、
晩といっても全然涼しくない中の見回りだわと、散々な目に遭ってて。
ちいとも得なんてありゃしねぇって、馬脚を現していたけれど。

 “…なんで寝られねぇんだよ。”

これまではどんなに暑くてもどんなに腹が減っていても、
威張っちゃいかんが“眠い”には勝てなんだ。
陽が落ちてどのくらいか、
行灯を灯す頃合いになると、自然とまぶたが重くなり、
それを騙し騙し、提灯ゆらして夜回りに出るのが常なくらい。

 だっていうのに、このところは。

昼間あんだけ駆け回ってて疲れ切ってるはずなのに。
実際、くたくただし頭も回ってないみたいなのに、
瞼がどうしてか ひっついてくれない。
この暑さなんで布団なんてかぶってないし、
盗まれるもんなんて最初からありゃしないからって、
裏も表も風通し優先で開けてるってのに、
寝転んでる板の間もすぐさまぬるんでの、
むずむずするばっかで ちいとも寝入れない。

 “困ったなぁ、明日も暑いんだろうになぁ。”

頑張って駆け回らなきゃいけないのにね。
体力には自信もあるけど、
頭がぼうっとしてるのはいけないと、
昨日もチョッパーにも言われたばっかだ。

 『わあ親分っ、そんな山盛りの塩、水にぶっこんでどうすんだっ。』
 『あでー、すまねぇ。』

ちょーっと休んでてという、この夏 初めての
“医者として もの申す(ドクターストップ)”がかかってしまい。
あれは他でもない自分でも衝撃だったので、
二度と食らわないぞと秘やかに決意したものの、

 “寝ないと またぞろやらかしかねねぇのによ。”

困った困ったと呟きながら、
夢遊病者さながらに ふらふらと
人の姿なぞない通りを歩いておれば、

 「…おや、親分。どうしました。」

 「あでー? 坊さんこそ何してんだ? 今時分。」

托鉢か? それとも辻説法か?
どっちにしたって誰も通らんぞと、
内容も、顔の向けようも、
少し斜めな方向へ話しかけていたりするものだから。

 “うわー、こりゃ確かに重症だわな。”

半分寝ぼけた状態で、長屋からよくも此処まで伸して来れたなと、
ゾロとしてはそっちを感心…している場合ではないと。
誰へともなく 仕切り直しを示す咳払いをしてのそれから。

 「親分。今日はこれでも立秋なんだって知ってたかい?」
 「りっしゅー?」

抑揚も怪しいし、意味が頭まで届いているかも何だか怪しい。
ほややんと取り留めない様子なのが、
何でもないときなら“可愛いもんだ”で済む話。
そうしてそのまま送ってってやれば終しまいなのだけれど。

 “これでまた、
  明日の炎天下でのお勤めってのは無理な話だろうて。”

いくら頑丈でも人の子、
生身の体である以上、無理をすればどこかにたたるものだし、
他の誰ぞなら自業自得と放ってもおけるが、

 「ふにゃあ〜〜。」

足元も覚束かぬままふらふらっと寄って来て、
ぽそりと懐ろへぶつかっての、
そのまま凭れかかられたりした日にゃあ。

 「……っ。/////////」

か、軽いし柔らかいし、何てふにゃふにゃと頼りないんだ、このまんま見送ったらどこでこけるか判ったもんじゃないし、それどころか、やっぱり眠れないと這い出て来た良からぬ奴に おいでおいでされるまま攫われちまうやもしれねぇじゃねぇかっ、と。

後半は、
そういう悪事にこそあんたの出番でしょうが
…ということまで案じてしまい。

 “そうか、これを示唆していたのか。”

遅い夕飯にと、屋台でそばを手繰ってから、
さあ寝床を探そうかと川の土手まで出た途端、
ここ何日も縁のない、涼しい風とすれ違い。
つややかな黒髪をした“風の君”は、
僧籍も怪しいぼろんじの懐ろへ、謎めいた文を置いてったのだが。

 今宵は立秋、
 昼のうちの風の向きと雲の流れからして、
 普賢坂浦の堤が涼しいはず

最初に一瞥した折は、
何のことやらと意味が判らなかった坊様だったものの。
親分がふらふら歩いているのと出くわして、
それが寝不足のせいと判った途端、すぱりとつながった現金さよ。

 「ほれ、こっちだ。おいらに ついておいでなせぇ。」
 「うん…。」

返事はするが、歩きだすのも難儀なようで。
こんな夜更けに人も通るまいと、それでも左右を見回すと、
ひょいと小さな親分さんを抱え上げ、
さっさか急いだのは少し先の川沿いの、普賢坂浦の堤まで。

 “ふわぁ〜。何か凄い気持ちいいのな。//////”

坊様が出てくる夢なんて、凄げぇ得なの見ちまったしvv
大っきい手で支えられたんが、
なんかドキドキしちゃったぜ、まったくよっvv
くるまれてる此処も、
蒸し暑いのとは別の温さが気持ちいいしなvv

……あ、なんか顔に涼しいのが当たる。
うあ〜、さらさらした風が気持ちいいなぁvv

この寝床もサ、
丁度いい堅さで収まりもよくて、
何か宙をふわふわ浮かんでるみたいで……


  「zzzzzzzzzz…………。」

川風が香って来るまでもなく、
ふと見下ろした懐ろでは、
それは無邪気なお顔を、心なしかほころばせ、
くうすうと既に眠っておいでの親分で。

 “何だよ、少しくらいは喋ってけっての。”

詰まんねぇなという言いようをしつつも、
お顔は正直なもの。
日頃の難しそうなお顔の原因、
深いしわを刻んだ眉間も、堅く結ばれた口許も、
今は安堵にほどけてしまっての、
何とも優しい表情をする隠密様だったりし。

 “親分さんには、是非とも休んでいただかなくてはね。”

人の交感神経ってのは、
どんな猛者のそれであれ、なかなか繊細に出来ているもので。
寝よう寝ようと構えると却って頭が冴えて寝られない、
逆に寝たくないと思うと、ずるずる睡魔に負けてしまうもの。

 なので、
 一緒にいたかろ大好きなお人と逢わせて差し上げるのが一番と、
 涼しい場所への情報預けた坊様を、
 それとなく誘導して、
 親分さんの徘徊先まで連れてって差し上げた誰か様こそ
 月夜に舞い降りた菩薩様の、仮のお姿だったのかも知れません。

  そして…

 「…お〜やぶん。少し涼んだら、長屋へ帰りましょうね?」
 「……おー。」

まろやかな童顔も愛らしいまま、
寝言で可愛い応対してくれる親分さんを懐ろに抱えて、
そちら様も英気は十分養われたはずなので、
どんな悪党でも掛かってこんかいとばかり、
隠密様の見回りの目もまた冴えに冴え。
結果、それが恐ろしかったので悪党共も警戒して寄り付かなんだらしい、
最強の手配だったようでございます。






    〜Fine〜  13.09.06.


  *ロビンさん、最強伝説。(おいおい)


ご感想はこちらへvv めるふぉvv

 感想はこちらvv

戻る